憧れのオショロコマ

淡水関連

ずっと会いたかった渓流の宝石

憧れの魚

皆さんには憧れの魚はいますか?生き物好き、魚好きでもない限りはそんなの早々いませんよね。私はいくつかいまして、そのうちの一種がオショロコマです。なんだかカワイイ名前の魚です。

オショロコマ(撮影:北の大地の水族館)

オショロコマはサケ科イワナ属、日本では北海道のみに生息する魚です。他にもアラスカやアリューシャン列島などにも生息しているそうですが、生息地により遺伝子の固有性が高く、北海道のオショロコマは他地域のオショロコマよりも遺伝的差異が大きいようです。

オショロコマで見出されたミトコンドリアDNA3系統の地理的分布。それぞれ「北海道・千歳列島・日本海沿岸河川・オホーツク海沿岸河川に分布するグループ」「千歳列島・サハリンからアラスカ南部に至る北太平洋沿岸に広く分布するグループ」「アラスカ南部からアメリカワシントン州まで分布するグループ」の大きく3つの遺伝的グループに区分される。『faura No.41 オショロコマ 渓流の宝石 2013年』をもとにみのりが作成。

渓流の宝石とも呼ばれるオショロコマですが、私はずっとこの魚が憧れでした。野生下のオショロコマに会ってみたいと強く願っていました。というのも、私はオショロコマとちょっとした縁があったのです。

オショロコマを展示したい

時は遡り大学生時代。

私が通う大学にはミニ水族館がありました。学生が主体的に運営する水族館であり、私はそこでリーダーを務めていました。

その水族館を引退する直前の最後の企画展示で、「日本縦断展」という展示を企画します。北は北海道、南は沖縄まで、日本を縦断しながらそこに生息する魚たちを展示するという内容です。その際、当時の副リーダーが北海道班所属でした。彼は無類のサケマス好きで、サケマスが豊富な北海道展示ということで相当意気込んでいました。そして彼は「北海道の水族館からサケマス類を頂いて展示できないか?」と提案してきます。2025年現在もですが、北海道北見市にある「北の大地の水族館」、ここで私たちの大学OBが館長を務めているのです。無茶ぶりかもしれませんが、ここの館長さんから何かサケマス類を頂けないだろうか……

最初副リーダーは「イトウを展示したい」と言いだしました。イトウは日本では北海道のみに生息するサケマスの仲間です。日本最大級の淡水魚として知られ体長は大きくなると1m以上にもなります。私たちの運営する水族館は所詮学生の運営するミニ水族館。いちばん大きな水槽で3mです。皆さんもお気づきでしょう。「できるわけないだろ」と。そして現に、これは却下されました。そりゃあそう笑 私たちとしてはダメ元でいいから言うだけ言ってみようって感じでした。

次いで案として浮かび上がったのがオショロコマだったのです。ハッキリ言って、当時の私はオショロコマについて詳しく知りませんでした。とりあえず珍しいイワナの亜種くらいにしか思っていませんでした。

かわいくも美しいオショロコマ

その後、なんと館長さんはオショロコマを譲ってくださったのです。まさか本当にいただけるとは・・・感謝カンゲキ雨嵐。「ありがとうございます!」とお礼の連絡をすると、なんと送ってくださったオショロコマは北の大地の水族館のスタッフさん達がわざわざ自然界から採集してくださったものだったのです。譲っていただいたというより、捕獲してきてくださったということです。

これはもう、大切に大切に展示するしかない。オショロコマについて書かれた関連書籍を読み漁り、少しでも良い飼育展示をつくらなければならないと意気込みました。

飼育していたオショロコマ

実際に届いたオショロコマたちは、想像していたよりはるかに小さくて、かわいくも美しさのある不思議な魚という印象でした。水槽に入れて横から見ると、朱色の着色斑点とパーマークがより際立ち、こんなに美しい魚が北海道にはいるのかと驚きます。あらかじめ書籍を読み漁っていたこともあり、私はもう完全にオショロコマに魅せられていました。

企画展示も成功し、これで大満足・・・!かと思いきや。私にはひとつ心残りがありました。

野生の姿を知らない

「日本各地の魚を紹介する!」という企画趣旨でありながら、私はその時点で、北海道におけるフィールドワークをしたことがなかったのです。当然、野生のオショロコマも見たことがありませんでした。

沖縄や関西・関東・東北ではフィールドワークをしており、また各地に住む野生の魚も観察済でした。しかし、これだけオショロコマに惹かれ拘っておきながら、その真の姿を私は知らない。これでは矛盾しています。何も知らないクセに、声高に展示していいものかと。

すでに企画展は終わっているので、いまさらそんなことに拘っても意味がありません。しかし、このモヤモヤは何故かずっと残り続け、そのうち「いつか絶対、死ぬまでに野生のオショロコマを観察する」という目標ができました。その後別件で北海道を訪れ、水族館で再びオショロコマを見る機会にも恵まれましたが、やはり満足できませんでした。

野生のオショロコマを見るまで死ねない!!

極寒の小川

あれから6年・・・(はじめてのおつかい風)

小学生も卒業してしまうくらいの年数を経て、ようやく、よ~~~やく!!念願の北海道東部(道東)遠征が実現しました。この遠征では他のサケマス類も観察しましたが、今回はオショロコマのみに絞って記します。

北海道の森の中へ

基本的にオショロコマは非常に冷たい水を好むため、深い森にある川の上流部に生息しています。

早速ホテルから車を走らせて森の奥地へと向かいます。ビルなどの高層建築は当然のこと、一軒家すら一切見当たりません。そんな深い森のさらに奥地と言えるような場所まで行き、ようやく橋らしきものが見えてきました。路肩に車を停めて橋の下を見ると小川が流れています。

おお、こういうところならいそうだな!さっそく探そう!そう思って車を降りると……

さっっっむ!!!

ありえないくらい寒い!!まだ10月半ば、冷え込んでくる時期とはいえ、関東はまだ20℃超えの日もあるような月です。真冬の深夜帯と言ってもいいくらいの気温に、身も心も芯まで冷やされます。山奥で木々の影に覆われるだけで、森の中はこんなに冷えるのか……そんな場所の川の水温なんて、それはそれはもう、とんでもなく冷たいのでは……

そう思いつつ、何を思ったのか私はマリンブーツだけ履いてほぼ素足で小川に突撃。どんだけ寒くてもワクワクする気持ちが勝ってしまったのです。GoProを水中に突っ込んで川の中を覗こうと試みました。さーて、オショロコマはいるかn……

いや、冷たっっっ!!!

冷たくても多少は耐えられるだろうとか、そんなレベルじゃない冷たさでした。GoProと共に持ってきたOLYMPUSのコンデジTG-6には測温機能があり、測ってみると10.5℃。しかも、これはカメラを水から守るための防水プロテクター越しの水温です。実際は恐らく1桁台だったでしょう。カメラを直接水に浸けると恐らくレンズが曇ってしまうため、直接水温を測るのは断念。それでも、確実に10℃以下であるだろうことはわかりました。そんなところにほぼ素足で突っ込んでいってしまったものですから、さあ大変。

「ホッカイドーは ぜったいれいど を つかった! いちげきひっさつ! みのりは たおれた!⇩」

撮影した水中の映像など見る余裕もなく、全身ガクブル状態に。水からあがっても寒すぎる陸地になお全身を冷やされ、鼻水ズルズル心もポキポキです。

ドライスーツ

ここまで来て川に入らないという選択肢はありません。僕としては素足の状態でも川に入り、オショロコマを見つけるまで帰れま10をするつもりでした。

しかし、心優しき同行者が私にドライスーツを貸してくれました。ドライスーツは水中用の防水スーツで、ウェットスーツと違い、手と頭以外の部分の水の侵入を完全に防ぐことができる非常に防水性能に優れたスーツです。

故に防寒機能も高く、水温1桁の水に浸かっても体温の低下を防いでくれます。これは非常にありがたい。重ねて感謝を伝え、お礼に彼の帰りの荷物輸送代を持つことにしました。

急流!極寒!砂礫!

この小川周辺はヒグマ多発地帯のため、私は先に見張りとして周囲の安全を確認していました。同行者が観察を終え次第、交代して私も小川へ突入しました。

そして浸かってビックリ。流れが速え!!水深はせいぜい20~30cm程度。浅すぎて頭がギリギリ浸かりきるかきらないかくらいのため、観察するにも首が痛くて一苦労。そんな水深なのにめちゃくちゃ急流なのです。河川において流れが穏やかになる”淵”と呼ばれる深みもほぼなく、ひたすら浅い”瀬”が続いていました。

こんな浅い川でも人間一人程度なら簡単に流せるくらいの急流。必死に川底にしがみついていないとあっという間に流されます。流されたら撮影どころじゃない。どういう体勢になって撮影するか、非常に悩みました。

そして体勢に悩んでいるうちに、私の体温はどんどん北海道の水に吸収されていきます。ドライスーツを着ているとはいえ、頭と手首から先はほぼ濡れているため、完全に体温低下を防ぐことは難しいです。それでもないよりは100億倍マシ!同行者とドライスーツに感謝しつつ、急流と戦い続けます。

さらに困ったことがもうひとつ。川底の砂礫が軽すぎて、私が浸かると砂礫が舞ってしまい視界が悪くなるのです。私が流れをせき止めることで、私の周りにあった軽い砂礫が急流に投げ出され、澄んだ水があっという間に濁ります。

こりゃダメだ。元の環境的にも良くないだろうし、何より砂礫が映り込むと撮影や観察の邪魔になる。視界が砂礫で埋め尽くされ、魚がいるのかもよくわかりません。流されず、首を痛めず、砂礫が舞わないように身体を固定できないか……あれよこれよと試していたら、視界の端に何かが映ります。

念願のオショロコマ

オショロコマ特攻

いやオショロコマにょろにょろでワロタ。

砂礫を踊らせ体勢に苦戦している私めがけて、オショロコマたちが突撃してきます。

「エッ!!ちょ、待っ!まだ体勢整ってない!」

そう思う私になりふり構わず彼らは突っ込んできます。巨大な人間を全く恐れる様子もなく突っ込んできて、カメラをつついてくる個体もいます。よく見ると砂礫に向かって泳ぎながら口をパクパクしています。理由は定かではありませんが、もしかすると砂礫の中に潜む水生昆虫などの獲物を狙っているのかもしれません。

とにかく人間を恐れてなさすぎてビックリです。そんな警戒心じゃすぐに他の動物に食べられちゃうよ……と思いましたが、あまりにもオショロコマの方から接近してくるため、ひょっとしたらそんなに敵がいない場所なのか?とも思いました。もしくは単純に、人間という存在を知らないから、恐れるor恐れないという判断にすら至らないのか……

オショロコマガチ恋距離

基本的に野生動物の撮影は簡単ではありません。警戒心の強い動物たちは、人間が少しでも怪しい動きをすると恐れて逃げ出してしまいます。マナーの悪いカメラマンが自然に押しかけ、野生動物たちに迷惑をかけてしまうケースもよくあります。野生動物たちを驚かせないためにも、迷惑をかけないためにも、動物たちとは適切に距離を保ったうえで観察しなければいけません。

……なんていうくらいですから、オショロコマも驚かせないように遠くから撮影しよう。そう思っていました。ですが現実はどうでしょう。もはや向こうからガンガン近づいてきます。まだどうやって撮影しようか悩んでいる真っ最中なのにお構い無し。ようやく体勢を決めて撮影しようとすると、今度は近すぎてピントが合わない始末。君たち、釣り堀の魚じゃないよね?いや釣り堀の魚の方がもっと警戒心あるぞ()

しかし、こうしてガチ恋距離まで接近してくるオショロコマ見て、突然全身に電撃が走ったような衝撃を覚えます。そして頭の中で6年前の記憶が走馬灯のように駆け巡ります。

念願のオショロコマ

遥々北の大地から関東の大学へやってきたオショロコマたち。サケマスの仲間とは思えないくらい可愛い顔付きで、それでも北の大地の美しさを私たちに教えてくれたオショロコマ。全く人を恐れず、すぐにエサを食べてくれた健気なオショロコマ。

……これだ!!俺の見たかったオショロコマはこれだ!!!

場所によってはもっと大きいサイズのオショロコマもいると聞きます。斑点やパーマークが少し違うものや、知床のようなより寒冷な場所では河口付近にまでオショロコマがいるといい、そのサイズも大きいそうです。

でも!僕が!見たかったオショロコマは!まさにこの子たちだったのです!大学でかわいがっていた、あの小さなオショロコマ。ここで観察できたオショロコマは、私の記憶の奥底に眠るオショロコマの姿と、完全に一致していたのです。

小さくて、不用意に人に近づきすぎてしまう愛おしさ。同時に人も流されてしまうような急流でも、難なく泳ぎ続ける力強さ。その生き様を私たちに見せつけてくれる、北の大地を象徴する魚。

その事に気づいた時、心の底からここに来てよかったと思いました。そうか…!お前たちはこういうところに住んでいたんだな…!

寒いですが、寒さなど忘れてしまうくらい興奮しました。ここまで連れてきてくれた同行者たち仲間と、北の大地に心から感謝しました。

6年前の自分へ。俺、野生のオショロコマに会えたよ!!

嬉しい副産物

オショロコマのお話はここでおわりです。最後に地味に嬉しかった出来事を少しばかり。

ヤマメです。サケマス全体の中でも私はヤマメがかなり好きな方です。渓流釣りだったり、幼い頃上流で遊んだ時に観察したこともありました。しかし、ちゃんと野生のヤマメを写真に収めたのは、これが初めてだったと後で気がつきました。

先に述べた大学水族館でも飼育していましたし、3mの水槽でほぼサクラマス(ヤマメの降海型 詳しくはggってください)なんじゃないかってくらいのサイズにまで育て上げました。学芸員実習を行った水族館でも、私がお客様へ解説した魚はサクラマスでした。

昔から割と関わりのある魚だったのですが、野生の姿をちゃんと写真データに残せたのはお初でした。これはこれでかなり嬉しい!

そしてふと、じゃあ次はサクラマスの遡上の姿も観察したいなと思いたちました。聞くところによると、サクラマスは今回のオショロコマと違い非常に警戒心が強いそうです。これは……撮るのも苦労しそうだ。いや、それが普通なんですけどね……笑

そんなオショロコマとヤマメに恵まれた大興奮の旅路でした。ありがとうございました。

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