北海道・大雪山国立公園は、私の出身地でもある神奈川県に匹敵する約23万haもの広大な面積を誇り、その中のたったひとつの自然湖が然別湖(しかりべつこ)です。標高810mと北海道では最も高い位置にある天空の湖です。

そんな天空の湖にしか存在しない、湖の宝石と呼ばれる魚がいます。その名もミヤベイワナ。オショロコマという魚の亜種であり、世界でこの然別湖周辺にしか生息していないトンデモ希少種です。水族館でもほとんど見れない魚です。そんな野生のミヤベイワナを一目見たい。そう思って北海道へと出かけた、私目線の旅記録を綴ります。
ミヤベイワナとは
ミヤベイワナに関する情報は非常に少ないです。そのため、まずは私なりに調べたミヤベイワナの詳細をご紹介します。もし興味を持っていただけたら、この記事を鵜呑みにせず、ぜひご自分でも調べてみてください。
オショロコマの亜種
ミヤベイワナは世界で北海道然別湖とその流入河川にのみ生息するオショロコマの固有亜種です。オショロコマについてはこちら↓をご覧ください。
ミヤベイワナは普通のオショロコマと違うところがあります。それは鰓耙(さいは)です。

鰓耙とは鰓を支える骨についた刺で、この刺が櫛のように喉元に左右数列に並んでいます。口から吸った水を鰓蓋(えらぶた)から吐き出す際に、これで小さな生物を濾し取って食べていると言われています。
ミヤベイワナはこの刺の数が、オショロコマよりも多いようです(オショロコマは21~22本、ミヤベイワナは25本前後)。然別湖におけるミヤベイワナの主な食物はミジンコなどの微小なプランクトンのため、刺の数が多いのは小さなミジンコ等を上手くとるための適応だと考えられています。一説によると、約10万年前にオショロコマの一部が然別湖に陸封されて独自に進化した結果、プランクトンを主食とするミヤベイワナへと進化したのではないかと考えられています。
湖へ降り、川を上る
ミヤベイワナはサケや降海型のオショロコマと同じように、生まれた川を産卵のために遡上する回遊様式を持っています。然別湖を海に見立てた生態をしているのです。

雌のほとんどは然別湖に降りますが、一部の雄は降らずに一生を河川で過ごすものもいます。この雄は然別湖に降る個体よりも成熟が早く、また体も格段に小さいです。基本的に、産卵は降湖型の雌雄ペアによって行われます。そのため小さい雄はあぶれてしまいますが、ペアが放卵・放精している最中にその側に素早く寄り放精することで、自らの遺伝子を残しています(スニーキングと呼びます)。一産卵期において、平均して16%ほどが河川残留の子というのが遺伝子解析で判明しており、河川残留の割合もそこそこ多い印象を受けます。
釣りで個体管理
かつてミヤベイワナは乱獲や開発でその数を急速に減らしましたが、禁漁や人工孵化事業により徐々に個体数は回復しました。現在、一定時期に50日間のみ特別遊漁解禁が行われ、人数規制(1日50人)、釣り方の規制、厳格なレギュレーションに則ってのみミヤベイワナの釣りが許されています。この釣りはキャッチアンドリリースが義務付けられており、また針は返しのないものに限定されます。釣り上げた個体は体長を計測して記録、それらの釣果データを提出することなどが求められています。こうしたデータがミヤベイワナの個体管理に役立てられています。釣り人たちと環境保全が上手くマッチした一例だと感じます。

【注】以下から観察記の内容を記していきますが、その前に注意点。
生き物観察の暗黙のルールとして具体的な観察場所を公開してはいけないというものがあります(生息地の荒らし等を防ぐため)。しかしミヤベイワナはその生息地も然別湖周辺のみと非常に限られており、また採捕禁止と定められております。ルールの穴をつくわけでもなく、生息地荒らしは明確な懲罰対象となります。そのためか、ネットや公開論文を見ても割と正確な生息地が公開されています。それらに則り本記事でも「然別湖流入河川で観察をした」程度の記載はしていますが、それらが直接的にミヤベイワナの生息地を荒らす行為と結びつくことはないはずです。仮に今後不届き者によってミヤベイワナの生息地を荒らしが起きた際、本記事に対して「お前が然別湖・流入河川にミヤベイワナがいると公開していたから荒らされたのだ!」と文句を言われても困ります。叩くなら荒らした不届き者を叩いてください。もしそれ以外の問題点等があると感じた場合は遠慮なくコメントやお問い合わせ等をお送りください。
山の奥地へ
北海道の山奥へ
さて、ミヤベイワナの概要はここまで。ここからは私の体験談をしていきます。
私がミヤベイワナを知ったのは大学時代です。上記したオショロコマのブログにも書いた、大学水族館にてオショロコマの展示が決定し、彼らに関する情報を集めていた時にミヤベイワナの情報も記載されていました(詳しくはブログを参照)。それをなんとなく読んで、「ほ~ん、こんな魚がいるのかあ」と思った記憶があります。つまり、それまでミヤベイワナの存在すら知りませんでした。
オショロコマを展示して彼らに愛着や憧れが湧くと同時に、自然とミヤベイワナへの興味も湧いてきました。しかし、北海道各地の河川で観察可能なオショロコマに対し、ミヤベイワナが生息しているのは然別湖周辺のみ。行くにしても車でないと行くことは出来ません。またたった一人で北海道の山奥に行くのも中々に不安です。その時はまだ運転免許すら持っていなかったこともあり、ミヤベイワナを観察することは難しいだろうと考えていました。

それから約6年の月日が流れ、運転免許を取得し、金銭的な余裕もでき、何より一緒に自然観察へ同行してくれる仲間を得ることが出来ました。彼らと共に向かうは然別湖。ついに野生のミヤベイワナと会う時がやってきたのです。
めっちゃクマ出そう
ついにやってきた然別湖。本や釣り人のブログなどで写真は見ていましたが、いざ目の当たりにすると絵にも描けないような美しさの湖です。さらに奥へ進み、然別湖へ流れる流入河川へと向かいます。

鬱蒼とした、標高810mの森の中。中々に重い雰囲気が漂います。いつどこからヒグマが出てきてもおかしくないんじゃないかってくらいのドヨォ~~ンとした空気です。
そこで・・・

ジャ~~~~~ン!!!!!
熊スプレ~~~~!!!!(CV.大山のぶ代)
事前に熊スプレーを工具店でレンタルしておきました。コイツを使用するのは本当に襲われる直前の最終手段なので極力使いたくないですが、何もないよりは100万倍マシです。コイツを装備すると同時に熊鈴を常時ぶん回して鳴らしまくり、また大音量で音楽(北海道日本ハムファイターズの応援歌)を流してそれに合わせて私も大熱唱。
万世(ばんせい)に続く
大きな波を起こせ
澄み渡る空に高く
輝け中正
かっとばせー!万波!!
次いで、私のクマに対する本音も絶叫してクマを遠距離から威嚇(?)します。
食べないでくださ~~~~~~~~~い!!!!
来ないで下さあああ~~~~~~~~い!!!!!!!
同行者の仲間から「どっからそんな大声出るんすか」と若干引かれながらも、クマに食われるくらいなら引かれてもいいやと思い、立て続けに大絶叫を繰り返します。
なんて、叫びながら森の奥へ進んでいくと・・・

ギャーーーーーーーーッ!!!!!!!!!
な、な、な、なんじゃこりゃああ!!ク、クマか・・・!?
クマが爪を研いだ痕なのか・・・!?ひいい・・・!!もしかしたら今朝クマがここを通った際に爪とぎした痕なのかもしれない・・・?!コ、コワイ!すぐそばにクマがいるかもしれない!ただでさえ最近クマに敏感な世の中なのに、ここで食われて死ぬのは嫌だーーー!!
なんて心の中でギャーギャー騒いでいると、この痕をつけた犯人がいきなり茂みから姿を現します。

うわあああああああああ!!・・・・・・・って、んん??
かわいいお顔。明らかに向こうもこちらにびっくりしていて襲う気など微塵もないその動物。エゾシカです。後に調べてみると、クマのつける爪痕は上に貼った写真とは全く異なる形をしておりました。よって、この痕はクマの爪痕ではなく、エゾシカが角を擦りつけてできた傷でした。
よく見ると私たちの周りはエゾシカだらけ、彼らが僕ら以外になにかを警戒している様子もありません。もちろん、だからといって油断しているわけではありませんが、リラックスしながら植物をモグモグするエゾシカを見て、少しホッとすることが出来ました。
ちなみにこれだけクマを怖がっていたのに、その後私はクマを誤解して怖がっていたのだと知ることになります。そんな私の誤解を取り除いた、エゾヒグマ観察記録はこちら↓をどうぞ。
周囲の安全を確保し、さらに奥地にある然別湖流入河川へと進みます。
極寒
私たちが然別湖を訪れたのは10月中旬。関東はまだ暖かい季節でしたが、北海道もっと言えば道東は関東で言う真冬と同じ寒さです。まだ川に入ってすらいないのに既に寒さでガクブル。
果たして本当にミヤベイワナはいるのか。偵察として90cmまで伸びる自撮り棒につけたGoproを川の深場に突っ込みます。何度か確認すると、チラっとミヤベイワナの姿が映りこみました。おお、間違いなくいる!
しかし深場にGoproを突っ込むためにほぼ素足で川に入ってしまったため、身体の芯まで冷やされ心もバキバキに折れてしまいました。陸でガクブル震え、これ以上水に入るのを躊躇っていると、共にここまで来てくれた仲間が一言「おまえなにしにきたんだよ」と。
そりゃあそう。そりゃわかっているけど!!ヒトは時として自分の思考に反する愚かな行為を本能的にしてしまうものです。この時は私の脳・・・どころか、恐らく脊髄反射で「これ以上川に入ってはいけない」と神経作用が私に命じていたのでしょう。ここまで来て生の姿を見ないなんていう選択肢はありません。ホラーゲームで時折ある絶対に逃げられない選択肢
「川に入る」
「川に入る」
「川に入る」
を突き付けられているようなものです。仲間からドライスーツをお借りして(オショロコマブログを参照)、川に浸かる決心をします。
陽がさす朝を狙う
カメラ撮影においてなにより大切なのが明るさです。端的に言えば、光をたくさん取り込むことでより良い写真が撮れます。すなわち、太陽光が川に差し込む午前中が勝負です。
太陽光が差し込んできたのを見計らって、いざ入水!!

この時期はミヤベイワナの産卵時期です。川床には彼らが卵を産み付けた産卵床があります。これを誤って踏みつけてしまうと、当然彼らの産卵・繁殖に悪影響が出ます。踏まないように慎重に慎重に奥まで進みます。
天空の魚

ある地点まで行くと、上からミヤベイワナを観察できる場所もありました。もしかしたら、この陰に彼らが溜まっているのではないか?そう思い、この場所に深く潜ってみることにしました。
溜まり場

おおぉ~~~~!!!いるいる!!!
流れが少し緩やかになる川の淵に彼らは溜まっていました。オショロコマの亜種と言いますが、見れば見るほどオショロコマとは全く違う魚です。体つきや顔つきもそうですが、特に違うと思ったのは胸鰭(むなびれ)です。

明らかにミヤベイワナのほうが胸鰭が長いです。そして大きさもミヤベイワナは約30cm程度と、私が観察したオショロコマよりは大きいです。体色も異なり、背中は少し緑がかっているように見えました。その体色が太陽光のカーテンによって照らされると、なんともいえない美しさとなります。

よくよく観察していると、オスがメスに近寄ってアプローチ?しているような様子も観察できます。しかし、観察していても卵を産む様子はありませんでした。YouTubeに載っていたミヤベイワナの観察動画で、投稿者さんが「夜にならないと産卵しないのかも」と仰っていました。さすがに暗くなるまでこんなヒグマ多発地帯にいるわけにはいかないので、産卵行動の観察は諦めました。

河川残留型のオス

この写真のミヤベイワナは他の個体と比べて身体が細く小さい個体でした。またペアの間をうろちょろしていたため、上記したスニーキングを行う河川残留型のオスかもしれません。心なしか、遡上ミヤベイワナよりも体色が薄いと感じました。
海と川であれば明確な違いがありますが、同じ淡水域かつ距離もそれほど離れていない場所でも、その違いは明確に身体に現れるのだなと思いました。小範囲に陸封されても、その中でここまで面白い進化を遂げたという事実がこの上なく面白いですね。
遡上してきたオス

胸鰭ピーーーーーーーーーン!!!
今回の旅で観察できた最高の一枚の一つです。体全体を観察・撮影できたことはさることながら、ミヤベイワナのアイデンティティといってもいい胸鰭をしっかりカメラに収めることができました。太陽光も差し込み、雰囲気マシマシです。

体は少し見切れていますが、こういう写真も好きです。手前に流木があることで躍動感を感じられます。これは好みの問題ですが、私はピントが合う合わないよりは雰囲気重視・生態行動重視なので、こういう野生の「生き様」をトラえた瞬間が一番アドレナリンの放出を感じます。
♪世界にひ~とつだ~けの さ~かな(ガチ)♪
であるミヤベイワナ。
突然の来客にもかかわらず私たちにその姿を収めることを許してくれたミヤベイワナ。
そしてこんな素晴らしい魚を今日まで生かし続けてくれた人々と北海道の大自然に心から感謝します。ありがとう、ミヤベイワナ・・・
幼魚?

流入河川脇の水たまりに、何かの幼魚がいました。見る限りはサケ科魚類の幼魚です。まさかミヤベイワナの幼魚・・・?ただし、然別湖にはニジマスやサクラマスといった他のサケ科魚類もいるらしいので、なんの幼魚だったのかはわかりません(近くで観察しようにも採捕も禁止ですしね)。もしまたミヤベイワナの観察に訪れる機会があれば、意識的に幼魚も観察してみようと思います。
実はもっと多様なミヤベイワナ

先ほど、ミヤベイワナの身体が緑がかっていると書きました。調べてみると、ミヤベイワナは湖の沖合を回遊する型と岸近くに定着する根付き型があり、特に沖合い型はその体色からグリーンバック・ブルーバックとも呼ばれるそうです。その中でもブルーバックの撮影は非常に困難で、釣り上げるとすぐに変色して青色は見れなくなってしまうそうです。然別湖で釣りをする人の中には、そのミヤベイワナのブルーバックを一目見たいという人も多く、憧れの魚となっているようです。ブルーバックのミヤベイワナばかりは、川に直接入る自然観察でも観察することは難しいでしょう。
個人的にはほぼ釣りはしないのですが、ミヤベイワナの資源管理に役立つという側面も鑑みると、一度はミヤベイワナのフィッシングをしてみるのもありなのかなと感じました。とはいえ釣り自体初心者過ぎるので、練習しなければならないですが・・・
というところで今回の記事は以上になります。
ありがとうございました。




コメント